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イスティスの隠れ家

イスティスの隠れ家

-蒼き氷の女神- 序章

『蒼き石の物語外伝』-蒼き氷の女神-
序章


蒼き氷の女神 1『始まり』

今、あたしは暗い平原を走っている。
暗い夜を銀色に輝く短弓を背負い、疾走するアーチャー。それがあたしだ。
あたしの名はちぇるしー。常に単独で冒険を行っているフリーの冒険者。
いつから冒険者をしていたかなんて、覚えてない。気付いたらもう、冒険者として生きていた。
今はフリーで仕事を請け負い、色んな事をしている。
宝物の探索、魔物の討伐や雑用他色々。
ギルドに所属していたこともあって、たくさんの人脈を持っているけど、あたしは一人で動いてた方が気楽だった。
自分の命だけ気にしていればいいのだから。
だけど、今回はちょっとまずったかも。
背後からは、黒くうごめくゴーストたちが私を追いかけてくる。
ここは港都市ブリッチヘッドにほど近いテントヘンド平原。
あたしはさっきまで海の神殿と呼ばれる場所で宝探しをしていた。
神殿は、どういう経緯か知らないけれど多くの魔物であふれ、しかし同時に多くの宝物もあふれていた。
多くの冒険者が一度は挑戦し、泣きか笑いを得る場所。
今回のあたしの場合は、泣きも笑いも一緒に手に入れてしまったようだ。
笑いは当然、宝物を手に入れたこと。今背に背負う銀弓がそれだ。
銀は魔力を持つ金属という話を聞いた事がある。しかもこれはかなり良質な魔力が込められているのか、とても軽い。
売ればどれほどの値段がつくか、今から考えただけでもウキウキしてしまう。
だが、泣きの方はどうにもならない。
「ひぃ・・・ひぃ・・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・・」
今、あたしの後ろを3人のおまけがくっついてきている。
と、いうか・・・
「あんた達!! いつまであたしを追っかけてくるの!?」
そう。あたしはこの見ず知らずの3人のせいで、今頃はブリッチヘッドでのんびりとやわらかい寝床で眠っているはずだったのを邪魔されてしまった。
「し、しらねぇよ!! あんたが追っかけてきてんだろ!?」
「はぁ? 前を走ってる人がどうやって、誰を追っかけるのよ!!」
どうみても冒険初心者にしか見えないこの3人は、海の神殿奥深くで宝を手に入れたあたしのすぐ後に、その場に現れた。
ゴーストという厄介なおまけを引き連れて。
はっきり言おう。海の神殿を抜け、テントヘンド平原をこうして走っているのはこいつらのせいだ。
一人は大剣を背負った戦士風の男。
一人は長い外套で全身を覆っている魔術師風の男。
最後の一人はシスターの印章を胸に縫い付けた女。
装備だけを見てみると、それなりの物ではあるが、身のこなしなど、どうしても初心者にしか見えない。
少なくとも、海の神殿を歩くには絶対的に力量(レベル)が足りていない。
さっき暴言を吐いてきたのは戦士風の男だ。
初心者がそんな大振りの大剣(グレードソード)を持ってたって、振り回されるだけでしょうに。
「あ、あのあの!! 後ろの人たち、いつまで追っかけてくるのでしょうか!?」
と、話すのはシスター。
「あなた、退魔の魔法は使えないの!?」
「まだ未熟で・・・回復魔法をほんの少しだけ~!!」
せめて防御の祈りくらいはできるようになりなさい、っての。
っと、ほらほら、火が飛んできてるわよ?
あたしはその炎を避け、時に短剣で叩き落としながら走り続ける。
「あんたは何か出来ないの?」
「小生は争事にはなれておらぬ」
えらそうに言う言葉じゃないし、ならなんで海の神殿まで来てるの?
そう言い返すと、彼は黙り込んでしまった。頭よさそうに見せるなら、もうちょっと頑張るべきだ。
でも、この状況はマズイ。正直いつまで逃げても奴らはずっと追いかけ続けてきそうだ。
なら、ここらできっちり倒しておかないと。
あたしは前へ出る右足に力を入れてそのまま方向転換。
走っている最中も、ちらちらと振り返りゴーストの数は確認している。
相手は5匹(人?)
手持ちにある武器は短剣と背中にある銀弓。
・・・十分。
まずは短剣を奴らに向かって投げつける。
速度を持って相手を突き刺す短剣も、相手がゴーストでは「普通は」すり抜けるだけ。
だけどあたしが投げた短剣は普通ではない。
追いかけてきた先頭のゴーストに、短剣は突き刺さる。
変化は瞬間に起こった。
凍りついたのだ。
あたしが得意としているのはこの足と、幼い頃からとある魔術師から教えてもらった氷系付与魔術。
本来炎系付与魔術(ファイヤーエンチャント)と呼ばれる魔術師の技だけど、それを応用した魔術だ。
威力は通常の炎系付与魔術に劣るが、長年使い続けて鍛え上げた技だ。その威力も年数に比例して十分強い!!
背後から息を飲む気配を感じた。なんで一緒になって足止めているんだか。
だけど、今は目の前の敵。クールに。確実に仕留める!!
凍りついたゴーストはそのまま崩れ去り風に流される。短剣も一緒に砕けたようだけど、一匹倒せただけで十分だ。
霊となった存在も、死というものが存在するのだろうか?
一瞬思考が別の事で飛んだけど、すぐに目的を思い出す。
見ればゴーストたちも戸惑っているのか、足(?)が止まっている。
あたしはそのままゴーストたちに走りよった。
背中から引き抜くのは銀弓。
残念なことに銀の矢はないが・・・
『氷霊よ』
その一言で精霊たちはあたしに力を貸し、氷で出来た矢を作ってくれた。
それを番え、あたしはさらに魔力を練り上げる。
進む勢いそのままに、あたしは魔力で作られた矢を・・・
「ウォーターフォール・・・!!」
上空へ飛び立つ矢は・・・地へ墜ちて・・・いかない。
魔力の矢は進化する。
そしてそれは一瞬を越える刹那の変化。
刹那の時を経て、矢は数万の氷の雨と化し地へ墜ちるのではなく、降り注ぐ!!
その氷の雨に、ゴーストたちは耐え切れず次々と地へ叩きつけられた。
「ふぅ・・・」
氷の雨が止んだ時には、すでに彼ら(?)の姿はどこにもなかった。
どうやらゴーストは全部倒せたようだ。
あたしは銀弓を背中に収める。
目の前に広がるのは氷の世界だった。普段よりも強力な威力はこの銀弓のおかげだろうか?
あたしはボケっとしているだろう三人の初心者冒険者に振り返る。
「終わったわよ?」
その声にハッとしたのか、彼らはこちらを丸い目で見た。


蒼き氷の女神 2『冒険者とは』

今、あたしと三人の初心者冒険者たちはブリッチヘッドにある酒場に腰掛、向かい合っていた。
「ふぅん・・・冒険者になって一月・・・ねぇ・・・」
一人は大剣を背負った戦士風の男、ライネル。
一人は長い外套で全身を覆っている魔術師風の男、ゴーディ。
最後の一人はシスターの印章を胸に縫い付けた女、ハイネ。
話を聞いてみると、彼らはブリッチヘッド近くにある村の出身者らしい。
漁師の子として育った彼らは、その運命を嫌ってブリッチヘッドで冒険者家業を選んだらしい。
特に、腕に覚えがあるらしいライネルは特にその事を強調した。
「俺、どうしても漁師になるのが嫌だったんだよ。こうやって冒険者になって、スリルのある毎日を送りたかったんだ!!」
ゴーディに関しても、似たようなものだった。
「小生が独学で身につけた魔術を、この世界で試してみたかった。そしていつか、魔法都市スマグで教鞭をとってみたい」
最後のシスター・・・ハイネに関しては少々違うようだ。
「私はもともと村でも比較的裕福な家庭で育ちました。そのため、幼少の頃から教会で多くの事を学び、神の奇跡も学びました」
「で、俺達が誘って一緒に冒険者になってもらったんだよ」
・・・ふぅん。
あたしはブランデーを少量垂らした紅茶を飲みつつ、彼らを見る。

・・・世間知らず。

それが生まれた頃からこの世界に身を投じぜざるを得なかった者の言葉だ。
あたしがもし、今彼らの面白くない人生と今の過酷な人生を取り替えられるなら、すぐにでも交代してやりたい。
それほどまでに根無し草と言ってもいいこの冒険者家業は苦しいのだ。
あたしは何人もの冒険者と組んで冒険や依頼をこなしてきた。
そのほとんどがベテランで、あたしと同じ意見だった。
強くなる事を目的とした奴も中にはいたがそれはごく少数だ。
だが、時折彼らのような勘違いした連中がこの世界に飛び込んでくる。
大抵、そんなものたちはどこかでリタイヤしてしまうのだ。
「帰りなさい」
「「は?」」
ライネルとゴーディは目を点にした。ハイネに関しては言葉も出ないようだった。
「正直言って、甘すぎる考えよ」
次第に言われた意味が浸透してきたのか、ライネルとゴーディの目に怒りが点り始める。
「あんたたちは甘い。なんで立派な将来があるのに、こんなところにいるの」
生活するということは、毎日がスリルだ。それはどんな世界でも変わらない。どんな場所でも厳しい現実との戦いがあるのだから。
教鞭をとりたいのなら、何故こんなところにいる。さっさとスマグで学べ。
あそこは努力する者に門戸を開いている場所だ。理由はあるのだろうけど、ここにいるのは間違いなくお門違いだ。
誘われた? それでここまで来て何の意味がある。目的もないハイネは、ある意味この二人よりもひどい。
だがあたしはそれを言わない。
言ってはいけないのだ。
何故なら、彼らは仮にも冒険者。自分でそれを見つけなければいけないのだから。
それにあたしは・・・人に人生を教えて上げられるほど立派ではないのだから。
「・・・んなの分かってるさ」
「・・・ふぅん?」
意外。まずあたしの頭に浮かんだのはそれだった。
さっきまでの強気なライネルがそう呟き、ゴーディもまた同じように弱く顔を伏せた。
「俺らだって、甘い、ってのはなんとなく分かってたさ。だけどな」
「小生たちは・・・これでも考えて考えて・・・決めた道なのだ」
「私もです。私の道は、まず彼らを導くことだと、そう思って着いてきました」
その言葉にあたしは口を噤む。
考えて、か。
そうした考えを、あたしよりも人生を生きていないこの三人は必死に必死に考えたのかもしれない。
さっきまで甘い甘いと考えていたあたしは、ついつい上かの目線で、彼らの上辺だけをみていなかったか?
「・・・・・・」
「俺達は確かに初心者で、世間知らずかもしれないさ。だけどな」
ライネルたち三人はそれぞれ顔を見て頷き、ゆっくりと席から立ち上がった。
「これしか・・・道がないんだ!!」


・・・あたしは、一体何をしてるんだか。
あの初心者冒険者たちと別れて三日経っていた。
あたしは今、深いやぶ森にある高い木の枝に座ってある一点を見ている。
そこには、彼らがいた。
「エルフ冒険家から剣を奪う・・・銀行の依頼ね」
以前からブリッチヘッドでやぶ森にいるエルフ冒険家から剣を奪うクエストが張り出されていた。
銀行にエルフ冒険家の剣を置くことで、魔物の襲撃を受けても、それを見て魔物が逃げ出すと考えているらしい。
確かにエルフ冒険家はエルフの中でもそれなりの腕を持つ魔物だ。
だけど、逆にそれだけ困難なクエストでもあるわけだ。
わざわざ危険を冒してまでエルフが多く潜むやぶ森まで剣を奪いに行く冒険者は少ないだろう。
そのため、そのクエストを受けようとする冒険者は少ないのだ。
彼らがどこまで考えてそのクエストを受けたか知らないけれど、彼らの腕では少しきつくないだろうか?
「・・・なんであたしがここにいるんだろう・・・」
自問自答。あのとき、彼らが席を立って酒場を出た後、妙にむしゃくしゃしてしまって、しばらく酒場で大食いしていた。
酒がそれほど好きではないこともあるのだけど、今思えば食べ過ぎたかも・・・
で、その食事の間ずっと彼らの事を考えていた。

「これしか・・・道がないんだ!!」

そう言っていたライネルの言葉はおそらく本気だろう。
彼らもそれなりに深く考えて、この道を選んだのだ。
だけど、やっぱりまだ考えが甘いという印象を拭えない。
彼らの腕がどこまで立つのか知らないけれど、ゴーストでうろたえてしまうようでは・・・
あたしの場合、戦うことが嫌いで逃げの一手でいたのだけど、並くらいの腕であればあのゴースト程度、どうにでも出来るだろう。
何よりの証拠に、結局あのゴーストたちはあたしだけで倒した。
単に未知数の相手と戦う自信がなかったのか、それとも彼らが未熟なのか。
おそらくは後者なのだろうな。
彼らは今、1体のエルフ戦士に苦戦している。
入り口近くを見回っているエルフ戦士の多くは下級の戦士だ。
だが、下級と言えど腕は並の冒険者程度にはある。
噂ではエルフの王宮にいる戦士たちは熟練の冒険者でも倒されるほど、腕は冴えるらしい。
でもな・・・
ライネルはどうみても大剣に振り回されており、ゴーディは魔術を使おうとしているのだろうけど、うまく詠唱を出来ないようだ。
ハイネも祈りを繰り返しているが、シスターである彼女は攻撃方法を持たない。
攻撃をしても避けられ、魔術を詠唱しようとしてもエルフ戦士の攻撃に妨げられる。
そしてだんだんと彼らの身体は傷ついていく。
だけど、あたしは助けない。
なんとなく気になっていた、彼らの決心を見ておきたい気がした。
この場で逃げれば、おそらく彼らは冒険者を諦めてくれるだろう。
しかし、もし・・・
彼らは次第に追い詰められていく。
素早い動きで翻弄するエルフ戦士に彼らは成す術もない。
そして、ライネルの手から大剣を叩き落された。
素早く詰め寄り、ライネルに切りかかろうとするエルフ戦士。
あわや決定打を受けるかと思ったその時、ゴーディがエルフ戦士に体当たりを喰らわせた。
エルフはたまらずよろめき、動きが止まった。
そこに大剣を拾い上げたライネルが斬りかかる!!
大剣は見事エルフ戦士の頭に命中し、敵は崩れ落ちていく。
ハイネはそれを見るや急いで二人の元へ駆け寄り、回復の魔法で癒していく。
「・・・運がよかったね」
さて、ここが分岐点だ。
ここで彼らが『冒険者として』とる行動は、街に戻ることだ。
冒険者は依頼に命をかける必要はない。
時に譲れない場面もあるだろうが、今はその時じゃない。
だからこそ、依頼を出す側はそれを踏まえてそれなりに高い報酬を用意し、失敗すれば無報酬を常とするのだ。
ここで先に進めば、彼らは冒険者を勘違いしていることになる。
その時は、あたしが全力で彼らを連れ戻す。
例え、彼らが冒険者として復帰できないように再起不能にしても、だ。
命は、一つしかないものなのだから。
そして、彼らがとった行動は・・・


蒼き氷の女神 3『導くもの』

あたしは酒場で紅茶を飲んでいた。
そこへ、近づいてくる複数の気配。
「・・・今。いいか?」
あたしが顔を上げると、そこには頭に包帯を巻いたライネルとゴーディ、ハイネの姿があった。
「何?」
「頼みがある」
三人の顔は真剣そのものだ。
「俺達に・・・冒険者っていうのがどんなのか・・・教えてくれ」
・・・そう来たか・・・
「礼はする!! だから、俺達に教えてくれ。どうすればアンタみたいに強くなれるのか」
しばし、目を閉じ考える。
あたしはどちらかというとソロで動く。
人が嫌いとか、仲間がいらない、と言うわけではない。
むしろどちらかというと好きなほうだ。
だけど、命を削るような場面で、あたしは多分傷ついた仲間を見捨てることが出来ないだろう。
それは時に他の仲間を危機に落とす可能性がある。
事実、過去何度かそうした場面がなかったわけではない。
あたしは戦いや争い事が嫌いだ。例え魔物であっても、命を奪うことには抵抗がある。
かといって、それを忌避していては冒険者は成り立たない。
矛盾と信念が、仲間を作ることから一歩引かせているのだ。
・・・思考がそれた。
今、あたしが考えるべきは彼らをどうするか、だ。
「・・・君たち。年齢は?」
ふと、なんとはなしにそんな事を聞いてみる。
「俺は17で、ゴーディが16。ハイネも16だ」
その時、あたしはどうしていたっけ。
彼らと同じ年齢のとき、すでにあたしはこの世界で生活していた。
戦う術として、年老いた老魔術師に魔術を教えてもらっていた頃だ。
その老魔術師は、あたしが弟子入りした数年後に亡くなったが、最後の弟子となったあたしや、他の高弟に見守られながら、静かに息を引き取った。
あのとき、自分を守るための戦うため手段を老魔術師に求めたとき、彼はあたしをどう思ったのだろうか。
困った事になったな。
あたしが難しい顔をしているのを、彼らはおびえたように見ている。
その顔を見たとき、あたしは・・・
「っぷ・・・・ふふふふふ」
笑い出してしまった。
あれ、な、なんで?
「あっはっはっはっは♪」
そんな考えとは裏腹に、心にわきあがったはずの疑問は、押し上げる喜の感情に押し流されてしまう。
「な、なんだよ!!」
ライネルが怒ったように顔を真っ赤にする。いや、当然だろう。
この場合、どう見たってあたしの方に非があるのだから。
「い、いや、な、なんかね? あんたたちの深刻そうな顔を見て、なんとなく笑えちゃって」
「し、仕方ないだろう!!」
怒るライネルの顔に・・・あたしは昔の自分を思い出した。
ああ、そうだそうだ。うん。分かったよ。理由が。
「い、いいよ。くっくっく・・・」
「「「え?」」」
てっきり否定の笑いだと思われたのだろう。
驚いたように彼らはこっちを見る。
「教えてあげるよ、冒険者を。アンタたちは、その資格があったからね」
彼らはやぶ森を進まなかった。そう、彼らは正解を選択したのだ。
依頼よりも、命をとった。
臆病とか言われるかもしれないけど、冒険者なんて臆病なくらいが丁度いい。
だけど、理由はもうひとつある。
あの時、ライネル、ゴーディ、ハイネがおびえた顔をしたのを見て、いきなり思い出した。

あの時のあたしとまったく同じ顔だ。

そして、もうひとつ。
あたしの今の反応。笑ってしまったのは。
あの時、師匠もまた大笑いしてあたしを受け入れてくれたのだ。
「そうだ。まだ自己紹介してなかったね」
あたしはイスから立ち上がり、彼らに右手を差し出す。
「あたしはちぇるしー」
その手に、彼らは戸惑い、困惑しつつ凝視する。。
「よろしくね♪」
おまけにウィンクひとつ。
あたしは手を伸ばす。彼らへ。
そして彼らは、あたしの手をゆっくりと、握り返したのだった。


蒼き氷の女神 4『時流れて』


彼らとあたしの冒険が始まった。
未熟な冒険者である彼らは最初は足手まといにしかならなかったが、砂が水を吸い込むように多くの知識を私から吸収していった。
一つ一つの経験は、彼らの中で血となり肉となる。
一つの成功が自信を呼び、一つの失敗が己を見直すきっかけとなる。
未熟であるゆえに、その一つ一つがとても大きく、とても大切な経験値となる。
ライネルは剣士として必要な技を戦いの中で学び、時には神聖都市にある修道剣士たちの鍛錬場で、少しずつ、だが確実に強くなっていった。
最初は振り回されていた大剣の扱いも見違えるように上手くなったと思う。
すぐ物事を追い詰める性格と、猪突猛進の悪癖はまだまだ直っていないが、それでも最近は冷静に状況を確認することを覚えたようだった。
ゴーディは魔術師として才能があったようだ。彼はあたしが直接魔術師としての心得を教え、魔術の力を伸ばしていった。
無詠唱魔術などの高難易度詠唱術も驚くべき短期間で使いはじめ、薬物調合などの知識も増やしていった。
一度スマグで依頼があり、その時出会った教授に自分の元へ来いと言われた。
だが、彼はまだまだ学ぶ事があるからと、その誘いを断った時は驚いたものだ。
ハイネは神聖都市のとある教会で、すばらしい神官に出会ったようだ。
神に仕える者としての心構えを学び、元からあった信仰心もあり、辛い修行を乗り越え、驚くことに神官として教会から称号をいただくまでになった。
神の魔法については、まだ未熟ではあったが、それも年月を重ねることによっていつか完成されたものになるだろう。
いつかは、高位神官か? とかね。
彼らがあたしとPTを組むきっかけになった、エルフ冒険家から剣を奪うクエストも一年後にはなんなく達成できた。
それに、何度か大きなクエストもこなした。
荒くれコロッサスの討伐。魔法都市の地下に出現したオールドゴーレムの討伐。コールドラッシュの金塊発見。
最初は手助けしていたクエストも、だんだんと逆に助けてもらうようになってしまっていた。
彼らの成長を喜びつつ、あたしは次第に彼らを弟や妹のように思うようになっていた。
この三人は強くなる。いつか、冒険者としてすばらしい功績を残せるかもしれない。
二年が経過したころから、あたしはそう思い始めていた。

そして、あの日。
あたしに『真名の探索者』が『真名の二つ名』を探索するべく派遣されたときだった。


ここはアウグスタの酒場。
私たちは、もしもの時のため、医者や神官が多くいる神聖都市アウグスタを冒険の拠点として場所を移していた。
今、その中のひとつのテーブルを陣どって、あたし達は集まっていた。
「すげー!! すげーよ。ちぇる姉!!」
二年前よりも背が高くなり、顔にエルフ冒険家と斬りあい、その時出来た誇りとも言える傷をつけたライネルは、相変わらず大きい声で言う。
あたしは顔をしかめつつ、だが彼の本当に嬉しそうな笑顔に怒る気をなくした。
「騒ぐなライネル。小生、いつかちぇる殿はやる人だと思っていた。これは当然の結果だろう」
普段から顔を隠しているゴーディが珍しくフードをとり、ライネルに向かって皮肉を飛ばすが、彼も嬉しく思ってくれているのだろう。
その言葉は、どこか柔らかい。
「本当にすごいことです。ちぇる姉様」
ハイネはこの二年で美しく成長していた。胸にはシスターの聖印ではなく、神官のソレを輝かせ、以前よりもさらに上品になった言葉遣いで喜んでくれていた。
師とする神官の影響だろうか、なんだか包容力も上がったかも。
彼らはこの二年で大きく成長したが、あたしはあんまり変わりない。
ある意味完成されているあたしがいきなり変わるのも変な事だけど。
この日、あたしの元に一通の手紙が届いていた。
それは公社からの手紙。内容は『真名の試練』を受けるよう指示されていた。
『真名の試練』
それは冒険者であれば誰もが憧れるものだ。
何故なら、良くも悪くも、この試練は知名度、実力とも認められなければ受けることがまず出来ない。
時折、実力以外にもすばらしい功績を残した者たちに通知が来るときもある。
また、通常の二つ名を戴くさい、その名を決定する「名の探索者」という職業冒険者では判別不可能と判断された者たちを調べる役目もある。
精神的、また実力を共に旅をするという方法でその者の真の名を暴き、冠せる者でもあるわけだ。
だが一点だけ、共通するものがある。
『真名の試練』で手に入れた二つ名を持つ者は、ほとんどの人が『実力者』だ。
中には何故かそれを拒否しようとする不思議な人もいるが、大抵の冒険者は喜ぶ。
あたしも、表面上喜んでいたが、実は内心そうでもない。
『真名の試練』は、例外なく『真名の探索者』と呼ばれる者と一緒に冒険を行わなければいけないからだ。
つまり、彼らと一時的とはいえパーティから離れなければいけない。
それが嫌だった。
二年前には考えもしないことだったが、この三人の弟妹をそれだけあたしは可愛く思っているのだ。
いつかは、別れなくてはいけないし、離れることになるだろう。
それは分かっているが、今は、今だけはこの時間を大切にしたいと思っていた。
「ちぇる姉はどんな名前がつけられるんだろうなぁ~」
「小生。はっきり言って考えもつかんな」
「って馬鹿野郎。そりゃ誰だってそうだろ!!」
「ふ・・・賢明なる小生でも分からないのだ。貴様は当然だな」
「んだと~!!」
「二人とも。そんな言い争いは外でやってくださいな」
苦笑。
なんだかんだで、幼い頃からお互いを知っている彼らは自分たちの役目をしっかり把握している。
男二人で馬鹿言って、それをハイネが止める。
そして、あたしはそれを苦笑いをして見ている。
なんだかいいなぁ・・・こういうの。
「でも、ちぇる姉様だったら、とても優しい二つ名になるんでしょうね」
ふと、ハイネはそんな事を言い出した。
「あたしが?」
それをあたしは笑い飛ばそうとした。が、出来なかった。
「俺もそう思う」
「小生もだ」
珍しい。この三人の意見が合うなんて。
あたしは紅茶から手を離し、三人に笑いながら言う。
「あたしは別にそんな優しくないよ?」
それを聞いて、三人は顔を見合わせる。
「自覚ないんだな」
「そのようだな」
「自然体でお優しいのですね。姉様は」
って、こらこら。なんでだ。
三人はどこか諦めたような表情でため息をついている。
「俺達さ、ここまで来れたのって、ちぇる姉のおかげなんだぜ?」
と、ライネル。
それに頷くようにゴーディが続ける。
「小生たちは、あの時からちぇる殿に支えてもらっている。もう二年もだ」
ハイネは目を閉じ、言う。
「ちぇる姉様は、本来ならお一人で冒険者としてやっていけました。それなのに、何も知らない私達に手を差し伸べ、救ってくれました」
男二人は頷く。
「それに、ちぇる姉は戦うのが嫌いだしな。極力敵を倒すな、殺すな、逃げ足鍛えろ、って教えてもらってるし」
「小生はちぇる殿の教えを信条としている。無駄に戦うことは無意味。どこで、力を振るうかを考えることこそが重要」
「戦うことは無意味ではない、が、無駄に戦い傷つける事は意味を持たない・・・姉様の教えですよ?」
なんだか奇妙な気分だ。
だけど、なんだろう。これは・・・

「・・・ありがとう」

あたしはそれを、それだけしか言えなかった。
嬉しくて、すごく嬉しくて。
その日は、あたしとしたことが酒を呑みすぎ、真夜中まで騒いでしまった。


蒼き氷の女神 5『真名の探索者』

「よろしく、ヘディンさん」
翌日、あたしは公社から派遣された一人の男性と会っていた。
ここは公社の建物の一室。
見るからに高そうな物がそこかしこに飾り立てられ、微妙に悪趣味な気がする。
金儲けしているんだろうな・・・
そんな言葉が頭に浮かぶ。
今、あたしの目の前の椅子に、一人の青年が立っていた。
「どうぞ、よろしくお願いします。ちぇるしーさん」
男性はヘディンと名乗った。
見るからに魔術師風の男だが、外套についている印から彼こそが『真名の探索者』というのが分かる。
年齢不詳の顔のため、何歳なのかさっぱり分からない。おそらくあたしよりは歳上なのだろうけど、ともすれば年下でも通用しそうではある。
「これからしばらくの間、貴女の名前を『探させて』もらいます。そこで・・・」
「その間はPTは禁止、でしょう。分厚い書類には、目を通しているわ」
「結構なことです」
ニコリ、ともしない。
動作の一つ一つを探られている印象があり、なんだかいい気分ではない。
「で、悪いのだけどこれからどうすればいいの?」
「私の事は空気程度に思っていただいて結構です」
って言われてもな・・・
あたしが困った顔をするが、彼はそれ以上何も言わない。
送られてきた書類の山にはどのような審査がされるのか書かれていなかった。
審査に関しては一枚の紙に一言だけ。

『真名の探索者』は貴方を見ています。

とだけ書かれていた。なんともいじわるな書き方だ。
だけど、それはつまり日頃の行動から『真名』がつけられるということだろう。
あたしは何をするべきだろうか?
・・・いけない。全く考えもつかない。
考えても仕方ないか。
あたしたちは部屋から出て、なんだか居辛いこの建物から早々に退散したのだった。


特にすることがあったわけではないが、久々にソロ―――まぁ、ヘディンさんがいるから二人なわけだけど―――を楽しむことにした。
とは言え、あくまで『空気』と言い張る彼への接し方がいまいち掴めず、どのようなクエストを受けるべきか迷った。
でも、ここで力量以上のクエストを受けて怪我などしたら洒落にならないし、それこそどのような二つ名がつけられるか分かったものじゃない。
ではどうするべきか?
力量にあったクエストや仕事を請ければいいのだ。
どうせあたしの事は公社を通じてほとんど知られているだろうし、普段とは違う事をしても失敗の元。
ということで、しばらくの間は旅商人の護衛や依頼された品を探索するクエストなどを中心とした楽なものを受けることにした。
一度決めてしまえば後は順調に事は進んでいった。
いくつかのクエストを受けつつも、運の良い事に荒事になるような物はなく、比較的穏やかに時間は経過していく。
そしてそんなある日、あたしは公社から依頼を受けることになった。
内容はとある近隣の村に出没する魔物の退治。
普段なら断るような依頼ではあるのだけど、今の状況が状況だけに公社からの直接の依頼を断るわけにはいかず、受けざるをえなかった。
村を荒らす程度の魔物であれば、そこまで苦戦をすることはないだろう。
退治・・・とは言われているが、要は魔物を二度と近づこうと思わないように痛めつければいいわけだ。
わざわざ命を奪うこともないだろう。
気の乗らない依頼ではあったが、そう思いなおしたあたしはは村にたどり着き、村長から依頼内容の確認を行った。
報酬は50万。この手の依頼としてはあまり多いほうではないが、それも仕方ないか。
魔物はどうやら夜な夜な村の近くで栽培されているポーションの原材料となる切水草の畑を荒らしているらしい。
姿を見た人の話から、どうやら人型の魔物という情報は得ているが、他はさっぱりだ。
どうなることやら・・・


「現れないなぁ・・・」
あたしは今、畑の近くにある倉庫に身を潜めていた。
ここは収穫された物を整え、箱に詰めて街に出荷するまでを行う作業場だ。
「・・・・」
あたしの呟きに、ヘディンさんは何も答えない。
すでに一ヶ月。ヘディンさんはあたしに着いてきている。
その間、彼がとても無口な人だという事が分かった。
必要最低限の受け応えは丁寧に答えてくれるが、自分から口を開いたのを見たことがない。
だけど、どうやら彼は只者ではないようだ。
特に身のこなし。足音を立てずに移動させるその重心移動には関心させられた。
おそらく、彼が本気を出せば腕の立つ冒険者でも気配を感じさせることなく近づくことが出来るだろう。
実際、それで何度か脅かされちゃったし・・・
意外に思われるが、『真名の探索者』はただの公社の一員ではない。
彼らのほとんどが、実はかなりの腕を持つ剣士や魔術師なのだ。
しかも、この『真名の試練』中は、彼らを顎で使っても構わないらしい。
それは指揮官のように人を従えることに特化した人物の名さえ探せるという意味と同義だ。
なんとも大変そうな職業だと思う。
・・・それにしても現れないな・・・
夜に一人でじーっとしてるのも結構疲れる。
あたしの提案で、ヘディンさんと交代で見張りをすることになっているが、彼は眠る様子を全くみせない。
最初と同じく、今も彼は私の名前を文字通り『探して』いるのだろうか?
正直な話、多少うんざり感があるのが本音だ。
四六時中見張られているような気がして全く気が抜けない。
ふと、彼が動いた。
ポケットに収められている銀の時計を取り出したのだ。
高そう・・・
彼はそれで時間を確かめ、あたしに話しかける。
「そろそろ時間ですね」
「ん、それじゃ交代ね」
彼が居眠りするんじゃないかという疑いはない。
あたしも、一晩寝ないくらいどうってことないけど、今は眠らせてもらう。
どちらかというとしっかり寝ないと力が発揮できないタイプなんだよね。
村から提供された毛布を手に取り、あたしは壁を背に目を閉じる。
そして眠ることに集中する。眠ることも仕事の内だから。
だけど、どうやら今回の魔物はとても間の悪い奴らしい。
「きましたよ」
ヘディンさんから声がかかったのは、睡魔が訪れかけた時だった。
「ん」
あたしは毛布を脱ぎ、地面に置き、銀弓をとる。
ライネルたちと出会った時に手に入れた弓は、今ではすっかりあたしの腕に馴染む物となっていた。
売るつもりだったけど、なんだか気に入ってしまったのだ。
あたしに準備という準備はないが、ヘディンさんはどうかな?
「いつでもどうぞ」
彼も立ち上がり、いつもの無表情であたしを見る。
さて、正体不明の魔物とご対面だ。


蒼き氷の女神 6『不穏の空気』

予想に反してそこにいたのは、十数人の「人」だった。
あたし達は背の高い切水草に潜んで様子を伺っている。
・・・あれって・・・ブリッチヘッドのシティシーフ?
畑に現れた連中の姿は、ブリッチヘッドで時折見かけるシティシーフたちだった。
彼らは青い装束を常に身に纏い、ブリッチヘッドの裏を牛耳っている者たちだ。
様々な悪事を働くと同時に、その存在が大きな抑止力となり外国との取引がよく行われるブリッチヘッドではある意味なくてはならない存在。
非常にまずい。
彼らを敵に回すという事は、つまりブリッチヘッドの裏を敵にまわすことだ。
アウグスタに近い都市でもあることから、それはあたしにとってかなり致命的な事だった。
だけど何故? 連中はなんでこんな田舎とも言える村に出てきている?
「・・・切水草の根が、目的ですね」
ヘディンさんが珍しく自分から話しかけてきた、が。
切水草の・・・根・・・あ!?
そうだ、失念してた。
切水草は滋養強壮となる薬の原材料。だけど、その根にはかなり依存性の高い「麻薬」に近い成分が含まれている。
ううん、実際に特殊な製法を使えば簡単に麻薬を作れるのだ。
よくよく考えれば、公社から依頼が来たのも、この切水草の事を知っていたためかもしれない。
でも、住人の話では魔物ということになっていたので公社も個人受注を許したのだろう。
だけど、人が相手・・・しかもシティシーフが相手であれば、本来この依頼は個人単位ではなくギルド単位で発注する依頼だ。
「厄介な依頼を受けちゃったな・・・」
どうする? 相手はブリッチヘッドの闇。
一人一人を相手にするのであれば、そう苦戦はしないが彼らの実力はグループになったときに発揮される。
確認できる数としては十人。こちらは二人。
ヘディンさんの腕が立つと考えても、これは分の悪い勝負かも。
・・・・よし。
「ヘディンさん。引くよ」
「いいのですか?」
「命があっての冒険者家業。これは明らかにオーバーワークだし、危険な状況だよ」
「分かりました」
こういう時、彼の身軽な動きは助かる。
ライネルたちだったら、突っ込むのだろうな。
内心苦笑しつつ、あたしたちはゆっくりと身を引いていく。
ふと、彼らから声が聞こえた。
「――――れを―――ブリッチ――ドへ――――――」
・・・嫌な・・・予感がした。とても、嫌な。
村へ戻ったら、急いで村長に知らせて、アウグスタへ戻ろう。
不吉な予感を胸に抱いたまま、あたしとヘディンさんはゆっくり・・・・静かに後退していった。


はっきり言えば、その予感は経験と知識から基づく直感とも言える。
ブリッチヘッド。おそらく彼らは切水草をあの街へ持っていくのだろう。
だが一つ疑問が浮かぶ。
シティシーフはそれなりに大規模な組織だ。わざわざ闇に紛れて動かずともどこかの村で栽培させることだって容易なはずだ。
なのに何故わざわざあんな村の農園に?
いくつか想像できるが、一番納得できるのは・・・
「動きづらい状況なのでしょう」
ここはハノブの酒場。
あたしたちはあの村の件から手を引いて、すでに一ヶ月が経っている。
あの後、村長には話をしておいたが、念のためアウグスタの教会や公社にもシティシーフの事は連絡している。
しかし、あたしはどうにも気になって仕方がなく、新たな依頼をこなしつつここでヘディンさんに話してみた。
彼は右手に持つティーカップを持ち、目を閉じつつ答えてくれた。
「動きづらい?」
「ええ・・・ザッハトルテをお願いします」
彼はとある宰相が菓子職人に作らせたと言われる伝統あるチョコレートケーキを注文。
「最近、ブリッチヘッドの議会から公社経由で大掛かりな依頼を各ギルド、教会関係に連絡しているという話があります」
「へぇ?」
それはちょっと意外。確かブリッチヘッドの議会って、シティシーフと共存の姿勢をとってなかったっけ?
彼は注文したザッハトルテにフォークを差し込みつつ、答える。
「ええ。確かにあの街はシティシーフと共存していました。しかし、最近そのシティシーフの頭領が交代したという話です」
「交代? 何か思想改革でもあったのかなぁ?」
「そこまでは分かりませんが・・・どうやら何かすれ違いのようなものがあったのは間違いないでしょう・・・すみません、パンドーロをお願いできますか?」
パーネ・デ・オーロ(黄金のパン)に由来される、これまた伝統のあるケーキを注文しつつ、彼は紅茶を飲む。
「でも、それが何で切水草を盗むことに繋がるのかな?」
「・・・噂が流れています」
噂? その疑問の顔色を彼は察したのだろう。注文したバンドーロをフォークで切り分けつつ答える。
「議会の議員の一人が、暗殺されたという噂です」
息を飲む。
暗殺・・・それは・・・つまり・・・
「まさか」
「ええ。彼らの仕業だと、議会は睨んだようです。その証拠に暗殺された議員はシティシーフ排斥派の中心人物でした」
それはあまりにも無謀な事だと思えた。
何故なら、そんな大物が急死したとなれば、まず真っ先に疑われるのはシティシーフ達のはずだ。
「公社側でも何か情報を掴んだのでしょうね・・・本腰をいれています」
彼は切り分けたケーキを「一人」で食べ続ける。
「でも、そんな状況で何故切水草を?」
「根にある麻薬の原材料は勿論ですが、おそらくポーションなどの薬品を作るためでしょうね・・・桜餅をいただけますか?」
桜色に色づけされた生地で小豆餡を包み、塩漬けした桜の葉で包んだ餅菓子を注文しつつ、彼は言葉を続ける。
「おそらく彼らは何か大きな戦いを起こすつもりなのでしょう。あくまで予想ですが、おそらく今ブリッチヘッドではポーションなどの薬品類の販売が規制されていると思います」
もしそうであれば、あの村で何故シティシーフたちがわざわざ危険を冒してまで切水草を手に入れようとしたのか、説明できる。
戦いとは、武器や食料は勿論。薬品なども重要な物資となるのだ。
薬品の規制などがあるならば尚更だ。おそらく彼らはその原材料を持ってどこかの薬剤師の元へ駆け込んだりしているのだろう。
「元からおかしいとは思っていました。何故彼らがあれほど大人数で切水草の採取を行っていたのか」
切水草の根だけが目的ならば、一人か二人で十分あたし達が見張っていた畑の切水草の根を採取できたらしい。
だが、彼らは十人以上で畑に来た。
しかも、彼らが去った後、その畑にあった切水草は根こそぎ奪われていた。
つまり、彼らは根の部分だけが目的ではなかったのだ。
「だけど、大胆すぎない?」
「もともと議会や公社、それに教会からもすでにマークされていたのです。今さらという気はしますが?」
ヘディンさんは桜餅をムシャムシャ食べつつ、珍しく皮肉を言う。
今さら・・・まぁ、確かにそれはそうだけど・・・
「それにしても、あそこまで派手に動くかなぁ・・・?」
「彼らのような組織は、もともと上下絶対の世界ですからね。上がYESと言えば、下はそれに従うのでしょう」
そんなものかな?
とはいえ、組織といわれるほど大きな物に所属したことがないあたしは確実な事が言えない。
というか、この人一体いつまで食べてんだ!? あと、酒場なのに何でこんなにお菓子揃ってるんだ!?
「さて・・・・食べたりない気もしますが・・・」
そこでヘディンさんは紅茶を皿に戻しつつ、立ち上がる。
「気付いていますか?」
「うん。準備できてる」
その瞬間だった。
まず窓が割れ、大量の矢が降り注いできた。
洒落にもならない攻撃。あたしはテーブルをひっくり返して盾にする。
トス、という軽いが矢が突き刺さる音が連続した。
次に聞こえた音は、ドアが開く音。こっちはドン!だ。
見ると、すでに店員やマスターはもういない。さすが荒くれ者の街ハノブ。慣れたもんだね。
「どうします?」
あたしの横でのんきに構えるヘディンさん。さて、どうしようかな。
今襲ってきている連中の錬度がどれだけか知らないけど、殺気も隠せないようだったらまだいける。
「逃げよっか」
「追いかけてきますよ?」
「さぁ? 逃げ切れればOKじゃない」
あたしはヘディンさんに強気の笑顔を見せ、動き出す。
「足止めお願いね」
その言葉に、彼は一瞬で答えてくれた。
『シルバーインパクト』
その言葉と同時に彼を中心に氷の大地が作られた。
って、わわ!? あたしも滑る!?
転げそうになった瞬間、あたしはヘディンさんに後ろの首根っこを掴まれてジャンプ。
そのままカウンターを飛び越える。彼は意外と力持ちだ。
気分はネコだねにゃーご。
と、敵は・・・顔面から思いっきりゴツンと倒れてる。正直、かなり痛そうだ。
でも問題はここからだ。
一瞬だけ感じる殺気。上だ。
あたしは銀弓を天井に構える。
『マジカルアロー』
現れた光の矢は凄まじい速度で天井裏にいるだろう暗殺者を貫く。
何かが倒れる音を聞き、あたしを掴んだヘディンさんはそのまま裏口を通り抜け街へ飛び出す。
おそらく『ヘイスト』を使っているのだろうけど、それを引いても早い早い。
あ、でも首痛い痛い!!
少し涙目になる。
追いかけてくる敵は・・・いる!?
あたし達よりも遥かに早い速度で建物を渡ってくる影。
「ヘディンさん。上!!」
「・・・『ダイヤモンドカノン』」
その魔術が発動すると共に、あたしの前に数十の先端が鋭く尖った氷塊が現れ、その影に向かって撃ち放たれる!!
だが、驚くことにその影はそれを見事に避けきってみせた。
しかし、そこが狙い目だ。
避けた影に狙いを合わせすでにマジカルアローをいくつも打ち込んでいる。
いくつかは避けられたが、それでも影の足に命中したことを確認してあたしは弓を下ろす。
「どこまで行きましょうか?」
「アウグスタまでお願い」
「分かりました」
あたしたちはそのままハノブの街を出る。いくつか仕事が残ってたけど、こうなってはどうにもならない。
ひとまず、今はアウグスタに戻ることが第一だ。
・・・でも、いつまであたしの首掴んで走るのかなぁ・・・
まさか・・・・本当にアウグスタまで走る気・・・・?
この後、あたしはしばらく首を動かすこともつらいほど、長時間ネコ状態になっていたのだった。
・・・にゃ~ご・・・


続く


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